第1話 思わぬ客人 ― The Unexpected Guest
 朝を知らせる鶏の鳴き声で、は目を覚ました。空はまだ薄暗く、起きるには明らかに早すぎる時間なのに、なぜ鶏の声を聞いただけで目を覚ましたのか、は一瞬では理解することができなかった。意識が徐々にはっきりしていくうちに、はいくつかの事実に気がついた。一つ目に、鶏の声が聞こえる場所で眠るのは久しぶりだということ。二つ目に、隣りのベッドに寝ているのが栗毛の女の子ではなく、赤毛の女の子であるということ。そこでようやくは、今自分がどこにいるのかを思い出した。
 隠れ穴。
 オッタリー・セント・キャッチポール村のはずれ、イギリスの田舎町の牧歌的な風景に佇むこの家こそ、今のが暮らす家だ。
 平凡な日本人のがなぜイギリスの田舎町に住んでいるかというと、もちろんイギリス生まれだからではない。一言で説明するならイギリス留学のため、ホームステイをしているからだ。なぜ留学することになったのかというと、これは一言では説明することができないわけがある。今年十二歳になったばかりのにとって、親元を離れ一人で外国で生活することは大きな不安も伴うはずだが、不思議なことには一カ月も経たずにこの家に馴染んでしまっていた。父親に叩きこまれた英会話能力が役立っているのもあるかもしれないが、何より大きいのはホストファミリーの親切さだろう。ホストファミリーのウィーズリー家は、にぎやかな大家族で、その中の誰もがとても暖かくのことを歓迎してくれたので、は安心して頼ることができた。
 ウィーズリー家の子供たちも、と同じ学校の生徒だ。いや、イギリスに住む「ある素質」を持った子供は、みんなその学校に行っていると言った方がいいだろう。ホグワーツ魔法魔術学校。それがが学んでいる学校の名前だ。は本当は、ただの平凡な女の子ではなかったのだ。
 はベッドから上半身をゆっくりと起き上がらせて、周囲を見渡した。ホグワーツでの最初の一年を無事に終えたは、ウィーズリー兄弟と共に昨日この隠れ穴に帰ってきたばかりだった。ホグワーツの寝室と違って、この部屋はベッド二つで簡単に床が埋め尽くされてしまうほど狭い。カーテンを小さく開けて窓を覗き込むと、広い庭と、その先には果樹園が広がっているのが見えた。家の近くを見下ろすと、鶏が地面をつついていたり、小人が花壇の植物を引き抜いているのが見えた。ホグワーツ城の外に広がる壮大な大自然とは全く正反対なのどかな光景を、はとてもいとおしく感じていた。
 隣のベッドで人影がもぞもぞと動いた。に寝室を貸してくれた赤毛の女の子、ジニー・ウィーズリーはよりひとつ年下で、ウィーズリー家の末娘だ。一年前の九月、ホグワーツ特急へ乗り込むを、まるで本当の姉にそうするかのように泣きながら見送ってくれた彼女も、今年からはホグワーツの一年生となる。
 と同じ歳の男の子もいた。ウィーズリー家六男のロン・ウィーズリーだ。ロンとは兄弟のような仲であると同時に、ホグワーツで一緒に行動する親友でもあった。二つ年上で双子のフレッドとジョージ・ウィーズリーや、四つ年上で監督生のパーシー・ウィーズリーもいた。彼らはにとって兄のように頼もしかった。料理上手なモリーおばさんはもちろん、変わった趣味を持つ大黒柱のアーサーおじさんも、とても良い人だ。一人っ子のにとって、子供たちがたくさんいる大家族の一員になるということは、ひと際大きな意味があった。
 また、この家で新たな夏を迎えることができると思うと、の心は躍った。この家で夏を一緒に過ごすのは、ウィーズリー兄弟だけではなかった。ホグワーツで友達になったハリー・ポッターもまた、この家に泊まりに来ることになっていた。ハリーが泊まりに来たら、一緒に何をしよう? はそのことで頭がいっぱいだった。外に出れば広い庭で遊ぶことができるし、家の中で宿題を協力して終わらせるのもいいだろう。
 はあくびをした。なにせ昨日長旅を終えたばかりなのだ。服に着替えて居間に降りて行ってもよかったが、今はもう少し寝ていたかった。ジニーは寝がえりを打っただけで、起きたわけではないようだ。幸せそうな顔をして眠るジニーを起こさないように気をつけながら、は再びベッドへ寝転がった。

 しかし、眠りについてからまだ夢も見ないうちには起こされることになってしまった。体を揺すられる感覚がして、うっすらと目を開けてみると、モリーおばさんがベッドの横に立っていた。
「おはよう、目が覚めたかしら?」
 モリーおばさんはにっこりと微笑んだ。
 は体を起こした。まだ起きるには早い時間なのではないかと思ったが、窓からは既にまばゆい朝日が差し込んでいた。隣りのベッドは既にもぬけの殻だった。どうやらは、ジニーに置いていかれてしまったようだ。
「朝食ができてるから、なるべく早く降りてきてね」
 モリーおばさんはそう言うと、部屋から出て行った。
 壁掛け時計は七時を指していた。最後にベッドに入った時から二時間も経っていたが、不思議とあまり寝た気がしない。のろのろとした動きで簡単な服に着替え、やっとのことで部屋から出てくると、ちょうど階段を降りてきたロンと鉢合わせになった。
「おはよう」
 ロンはあくびをしながら軽く挨拶をすると、そのままの目の前を通り過ぎて階段を降りて行った。もそれに続いた。
 居間では既にみんなが朝食を食べていた。
「寝ぼすけコンビの登場だ」
 ロンとが席につくと、早速フレッドとジョージにからかわれた。
「だって、眠かったんだもの」
 トーストにマーマレードを塗りたくりながら、が言った。
「せっかくの夏休みなんだから、もう少し長く寝ていたかったよ」
 ロンがぽつりとこぼした。
「まぁ、最初の一年が終わったばかりだもの。疲れてしまうのも無理はないわね」
 モリーおばさんが優しく言った。
「だけど、今年からはロンも宿題があるんだ。そうのんびりはしていられないぞ」
 パーシーが言うと、ロンが苦い顔になった。
「宿題か、面倒くさいなあ……。ハーマイオニーがいてくれたらいいのに」
 ハーマイオニー・グレンジャーもまた、ロンとのもう一人の親友だった。勤勉な女の子で、マグルの家に生まれた女の子にも関わらず、の学年で一番優秀な成績を収めた。たちがホグワーツにいる間はずっと、宿題でわからないことはほとんどハーマイオニーに頼っていた。
「あんまり友達に頼ってばかりいないで、きちんと自分の力で解くのよ」
 モリーおばさんが口を挟んだ。おばさんは大らかで優しい女性だったが、子供の成績には少し厳しいところがあるとは感じていた。もっとも、の親はがどんなに苦手な科目があっても放置しているような人間だったのでそう感じただけかもしれないが。
「まあまあ、夏休み最初の日から勉強の話なんてしなくてもいいじゃないか」
 「日刊預言者新聞」に目を向けながら、アーサーおじさんが朗らかに言った。はおじさんをじっと見つめた。いつも明るく楽しそうなアーサーおじさんだったが、今日は一段とにこやかな気がしたのだ。鼻歌混じりにトーストをかじっているその姿が誰かに似ているような気がしたが、はなかなか思いだせなかった。とにかく、おじさんは何か嬉しいことがあったに違いない。
 の予感は的中した。全員が朝食を食べ終わったのを確認すると、おじさんは突然立ち上がった。一足先に食器を片づけようとしていたパーシーだけはそれに気がつかないでいたが、おじさんが声を上げるとすぐに立ち止まって、テーブルの方を振り向いた。
「実は今夜、我が家にお客さんが来ることになった。みんなもよく知っている、家族にとって非常に大切な友人だ」
「一体誰だよ?」
 フレッドが聞いたが、おじさんは首を横に振った。
「それは教えられない。だが、お前たちにとっても、会えて嬉しい人たちなのは間違いない。夜に私が車で迎えに行くんだが、その時間までに、この家を隅々まで綺麗にしようと思う。なにせ、久しぶりの客だからね――盛大に歓迎して、ここでの滞在を心から楽しんでほしいんだ」
「だから今日はみんな、それぞれ自分の部屋を掃除するのよ。特にパーシーはしっかりやってちょうだいね。お客さんをその部屋に泊めようと思っているから」
 おばさんが言った。

「部屋を掃除するのは別に構わないけど、それにしたってパパもママも張り切りすぎじゃないか?」
 自分の部屋に戻る途中、階段をのぼりながら、フレッドが言った。
「二人がそんなにわくわくするような客って、一体誰だ? 俺たちもよく知ってる人間だって言ってたけど」
「ハリー」
 ジョージの疑問に、とロンは同時に答えた。
「それしか思い浮かばないよ。でも、確かに僕はハリーが泊まりにくることを話したけど、一日足らずでそれが実現するなんてびっくりだよ。パパったら行動が早いんだから」
 ロンが言った。
「『人たち』ってことは少なくとも二人来るのよね。ひょっとしたらハーマイオニーも泊まるのかもしれないよ」
 が言った。
「かもな。マグルに育てられた子供が二人も泊まりに来るんだ、パパが喜ぶのも無理ないさ」
 フレッドが言った。
が来たことで、マグル好きに拍車がかかった気がするな。そのうちマグル生まれの子供を養子にしそうな勢いだぜ」
 ジョージが言った。
「もしハリーが来るなら、ロンの部屋に泊まればいいじゃないか」
 の背後から、暗い声がした。
「僕には一人でやらなければいけないことが色々あるのに、ロンの部屋に追いやられなきゃいけないなんて、考えられないよ……」
 パーシーがぶつぶつとつぶやきながら、頭を抱えて自分の部屋へと戻って行った。
「それはこっちの台詞だよ」
 部屋に帰ろうとするパーシーの後ろ姿に向かってロンが小声で悪態をついた。
「だけど確かに、なんでパーシーの部屋なんだろう? 僕の友達なんだから、僕の部屋に泊まるのが普通だと思うんだけど」
「つまり、パーシーの部屋の方がお客さん用の部屋には向いてるってことよ。パーシーは部屋を綺麗に使っていそうだもの」
 がにやりと笑いながら言うと、ロンは急いで反論した。
「僕の部屋だって綺麗だぞ! なんなら、今から見に来るかい?」
 そこまで言うのならと、とジニーはロンのあとをついて、部屋を覗きに行くことにした。部屋に迎え入れられてまず驚いたのは、壁一面がオレンジ一色で覆われていることだった。よく見ると、壁紙だと思ったのは部屋中に貼りつけられていたポスターで、ポスターに写っている人物の誰もがオレンジ色のローブを身にまとっていた。揃いも揃って箒にまたがっているので、これはクィディッチ・チームのポスターなのだろう。ポスターには、大きな文字で「チャドリー・キャノンズ」と書いてある。
「相変わらず、こんな弱小チームが好きなのね」
 ジニーが天井を見ながら呆れて言った。
「うるさいな、今年こそは絶対リーグ優勝するんだ」
 ロンがムキになった。
 は部屋をざっと見渡した。机とベッドと本棚があるだけの、すっきりした部屋だ。机の上には漫画が散らばっていたが、少なくとも、ベッドが二つもあるジニーとの部屋よりは狭さを感じない。は感心した。
「男の子の部屋なんて今まで見たことなかったけど、思ってたよりまともなのね」
「そうでもないわよ。ロン、あれは何?」
 ジニーが部屋の一角を指差すと、ロンはばつの悪い表情になった。一見、部屋の隅には本棚が置いてあるだけのように見えたが、よく見ると、その向こうに何か黒いものが飛び出しているのが見えた。
「なんだっていいだろ」
「良くないわよ。本棚の横にあるものを見せて」
 ロンが止めるのも聞かず、ジニーがずかずかと部屋に足を踏み入れた。本棚の向こうを覗き込むなり、ジニーはやれやれとため息をついた。も見た。そして顔をしかめた。本棚の陰には、学校で使っている本の数々が乱雑に積み上げられていた。その散らかり具合から、家に帰って来て早々、トランクからここへ投げ入れたように見える。
「ロン、これって……」
 がじっとロンを見つめると、ロンは目を逸らした。
「仕方ないだろう、他に置く場所がないんだ!」
「置く場所がなくても、はもっと丁寧にしまってるわよ。ハリーを部屋に呼びたいなら、もう少し掃除した方がいいと思うわ」
 ジニーはそう言い捨てると、を連れて部屋の外に出た。
「男の子の部屋って、みんなあんな風なの?」
 が言うと、ジニーがくすっと笑いながら言った。
「一度も中に入ったことはないけど、フレッドとジョージも似たようなものだと思うわ。だって、二人の部屋からいつもうるさい音が聴こえてくるでしょ?」
 そこまで言って、ジニーは突然慌てふためいた。
「……だけど、そんなことよりもハリーよ! 私、ちゃんと仲良くなれるかしら?」
 ははっとした。うっかり忘れてしまっていたが、ハリーは魔法使いの世界では超がつくほどの有名人で、ジニーはそのハリーの大ファンなのだ。同じ学校に行くだけでも興奮していたほどなのに、急遽自分の家に泊まりに来ることのなるのだから、ジニーにとっては大事件以外の何物でもない。
「もちろんよ。ここに泊まるんだもの、ずっと一緒に遊んでいれば、きっと友達になれるわ」
 はジニーを励ますように微笑みかけたつもりだったが、逆にジニーの不安を煽ってしまったようだった。
「簡単に言わないでよ! どうやって話しかければいいのかもわからないのに――ねえ、はハリーとホグワーツでどんな話をして親しくなったの?」
「どんなって言われても……ハリーと先に友達になったのはロンだし、ロンに聞いた方が早いと思うけど」
「ロンにそんなこと話したら、からかわれるに決まってるわ。絶対に嫌よ」
 ジニーがうつむいたので、は少しジニーがかわいそうに思えてきた。ジニーの肩にぽんと手を置き、は優しく声をかけた。
「心配ないわ。あなたのことはちゃんと紹介するから、いつも通りのジニーでいれば大丈夫」
 ジニーは顔を上げて、安堵の表情を見せた。

 昼食を終えて、アーサーおじさんが客人を迎えに行くために車で出発したあと、自分の部屋の掃除を終えた子供たちは別々に家の中の掃除に取りかかった。は居間、ジニーは階段、フレッドとジョージはバスルームをそれぞれ綺麗にした(ロンとパーシーはまだ部屋に残っていた)。子供たちの仕事を確認するために居間とバスルームを往復しながら、モリーおばさんは一人でキッチンを片づけていた。雑巾やはたきを使わなければいけないたちと違い、モリーおばさんは魔法を自在に操って、いとも簡単にキッチンの汚れを落としていた。杖を一振りするたびに輝きを取り戻す流し台やこん炉を眺めているのは見ていて気持ちが良かったし、同時に羨ましくもあった。未成年の魔法使いが休暇中に魔法を使うことは禁止されていたので、には真似することができないのだ。
 魔法を使えないとはいえ、自分の手で家の中を綺麗にしていくことをは楽しんでいた。日本にいたころはこの程度の軽い掃除を、ほぼ日常的に行っていたことを思い出していた。
「ママ、バスルームの掃除が終わったよ」
 フレッドとジョージがバスルームから戻ってきた。
「あら、御苦労さま。そこでちょっと待ってなさい」
 おばさんが言った。
「何か手伝おうか?」
 おばさんが最後の確認をしにバスルームへと姿を消したところで、ジョージがに声をかけた。
「それじゃあ、あの中を綺麗にしてくれる? 私じゃ手が届かないから」
 は、自分の身長よりもはるか高いところにある戸棚を指差した。既に大人の男性と肩を並べるほどの身長に達していたジョージは、軽々と戸棚の中に手を突っ込んだ。
「めんどうくさいよな。毎日ママが綺麗にしてるんだから、ここまで念入りに掃除する必要もないのに」
 戸棚の中のものを次々取り出しながら、ジョージが言った。
「でも私、結構楽しいな。日本にいた頃は、毎日学校で掃除をしてたもの」
 テーブルの脚を拭きながら、が言った。
「君って、掃除が趣味だったっけ?」
 フレッドが横から首を出した。
「そうじゃないよ。日本では、生徒が学校を掃除するのが決まりだから。毎日、授業が終わったあとやってたの」
「生徒が?」
 ジョージが目を丸くした。
「それは、処罰ってことじゃないよな?」
「もちろん違うよ。そういえば、ホグワーツに入ってからは一度も掃除したことがないわ」
「当たり前だろ。生徒が学校を掃除するなんて、初めて聞いたよ。日本の学校ってのは結構厳しいところなんだな」
 ジョージが言った。
「あんな広い城を隅々まで掃除するなんて、処罰でも御免だぜ。大体そういうのは、フィルチか『屋敷エルフ』の仕事だろ」
 フレッドが言った。
「屋敷エルフ……って何?」
 フレッドが発した聞き慣れない言葉に、は首をかしげた。
「魔法使いが召使いとして使っている生き物だよ。ホグワーツ城みたいな古くて大きな建物には必ずいる。ああいう場所じゃ、今俺たちがやっているようなかったるい雑用は、みんな『屋敷エルフ』が片付けてくれる」
 フレッドが即座に答えた。
「いるとなにかと便利だぜ。『洋服』を与えて解雇でもしない限り、主人に忠実にしてくれる。ママはいつも、アイロンをかけてくれる『エルフ』が欲しいって言ってる。我が家にもいてくれたらありがたいけど……残念ながらこんな貧乏な家には寄り付かないのさ」
「人間以外も働かなきゃいけないなんて、魔法使いの世界って大変ね」
 は、魔法使いの銀行「グリンゴッツ」にいたゴブリンを思い出していた。
 しばらくすると、モリーおばさんが満面の笑みで、ジニーを引き連れて戻ってきた。
「家の中の掃除は終わりよ。みんなよくやったわね」
 フレッドとジョージが、顔を見合わせてにやっと笑った。
「ママ、それじゃあ俺たち――」
「ええ、次は庭掃除をやってちょうだい」
 フレッドとジョージが同時に肩を落とした。
「ママ、俺たちもう充分に働いたんだぜ! これ以上は、部屋に引きこもってるロンやパーシーに頼んでくれよ」
「あら、あの子たちはまだ自分の部屋を掃除しているのね。、二人を呼んできてくれる?」
 しかし、が階段にたどり着く前に、パーシーが上からすっきりとした顔で降りてくるのが見えた。
「終わった!」
 パーシーが両手を上げた。
「母さん、埃一つないくらい綺麗にしてきたよ。お客様もきっとあの部屋を気に入ってくれるはずだ」
「客を泊めるのは嫌だってさんざん言ってたのに、一体どういう風の吹き回しだ?」
 フレッドがおおげさに言った。
「家族にとっての大事な客を、僕がもてなしたいと思うのは当然だ。ビルもチャーリーもいない今、僕が兄弟で一番年長者なんだから」
 パーシーが胸を張って言った。たちは、パーシーの突然の心境の変化についていけず、何も返す言葉が出なかった。
「もちろんわかってるよ、母さん。父さんの上司を泊めるんだから、失礼があってはいけない。だから僕の部屋を選んだんだろう?」
 パーシーは自信満々に言いきったが、おばさんはきょとんとした顔でパーシーを見つめていた。
「上司? パーシー、あなた何の勘違いをしているの?」
「へっ? 魔法省の高官が泊まりにくるんじゃ……」
 そこまで言いかけて、パーシーの言葉が止まった。
「終わったぞ!」
 上の階から、どたどたと足音を鳴らしながらロンが駆け下りてきた。
「部屋の中をぴかぴかにしてきたよ! これならハリーを僕の部屋に入れても大丈夫だから、ねぇ、ママ見に来てよ!」
「あら、ハリーが泊まりに来るの?」
 おばさんが驚いたように言うので、ロンは面食らった。
「ママ、とぼけないでよ。今日泊まりに来るお客さんって、ハリーのことだろ?」
「二人とも、全く違うわよ」
 おばさんが笑いながら、首を横に振った。
「じゃあ、一体誰?」
 子供たちが一斉におばさんに聞いたが、おばさんはくすくすと笑うだけで、何も答えてはくれない。たちはそれぞれ目を見合わせた。
「あと少し待てば、お父さんがお客さんを連れてくるわ……ほら、もうすぐよ」
 そう言って、モリーおばさんが壁にかかった柱時計を指差した。この柱時計は、時間ではなく家族の居場所を示す時計だ。「アーサー」と書かれた針はさっきまで「移動中」の文字を指していたが、今はゆっくりと動きながら「家」の文字へと向かっていた。
 それからしばらく経たないうちに、遠くの方から車のエンジン音が聞こえて来た。徐々に大きくなるエンジン音が車庫の方向で途切れた瞬間、柱時計のおじさんの針が「家」でぴたりと止まった。
「さあ、帰ってきたわ!」
 おばさんが待ちきれないとばかりに小走りでキッチンを飛び出した。たちもあとに続いた。ハリーでないとしたら、一体誰なのだろう? 家族みんなが知っている人で、も会ったことのある人間なんて、見当もつかなかった。
 アーサーおじさんの車、フォード・アングリアが車庫の横に停車しているのが遠目に見えた。おじさんが車のトランクから荷物を引っ張り出している時、客人が車から芝生に降り立った。ハリーよりずっと年上の、ひと組のカップルだ。男の方がこちらを振り向いて、の存在に気付くと、両手でぶんぶんと手を振り始めた。年齢に似つかわしくない、あのへらへらした笑顔――はそこで初めて、客人が誰なのかに気がついた。
「お父さん、お母さん?」
 声を荒げるの肩を、モリーおばさんが楽しげに叩いた。
 の両親が、満面の笑みでそこに立っていた。
(2012/06/23)
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